商標早期審査の概要

ご挨拶

 桜の便が次々と聞かれるこの折、いかがお過ごしでしょうか。春の足音が聞こえ始めると、この足音に合わせて、新しいことに足を踏み出される方も多いかと思います。春の足音に足並みをそろえるということでもありませんが、新しく知的財産に関する情報発信を始めさせて頂くこととしました。まずは、弊所ウェブサイトを利用して、知的財産に関するトピックスや制度・法律改正等を中心に時には小話的なものも含めて、やんわりとした情報を発信いたしますので、知的財産を取り巻く環境の変化や身近なトピックスとの関わりについて感じて頂ければと考えております。少しでも知的財産権について考えるきっかけとなって頂けるような内容を提供するつもりですので、これを機に、知的財産に関する関心を高めていただき、明るい未来にお役立てできればと考えております。

商標早期審査の改定

 さて、今回は、商標早期審査について取りあげさせて頂きます。通常、商標登録出願を行った場合、特許庁より審査の結果が通知されるまで、概ね6月程度の期間が必要ですが、この、早期審査制度を利用することができると、概ね2月程度で審査結果の通知を受けることができます。
 この制度については、平成9年9月に導入された制度であり、従来は、以下の2つの条件に合致される場合に認められておりました。




 対象1を利用する場合に不便を感じるケースは少ないのですが、対象2を利用したい場合、若干不都合が生じる場合がありました。というのも、対象2には、「使用等している商品・役務のみ」という条件があるため、特に、事業を拡大する際に商標権を取得しようとした場合、つまり、「使用等している商品・役務」と「将来的に、使用したい商品・役務」との両方で商標登録出願を行いたい場合、早期審査の対象にならないという問題点がありました。
 しかし、今回、以下の対象3でも早期審査の申請が認められる事になりましたので、ご紹介させて頂きます。



 対象1や対象2と比べるとやや条件が複雑であることと、特許庁の説明が分かりにくいため、以下のような条件であると読み替えて頂くと、分かりやすいです。
 すなわち、
 「商標法施行規則別表や類似商品・役務審査基準等に掲載されている商品・役務のみを指定している」かつ、「出願商標を指定商品・指定役務に使用等している商品・役務を最低1つ含む」
 出願です。

 つまり、商標法施行規則別表や類似商品・役務審査基準等に掲載されている商品・役務から商品・役務を選択しなければならないという条件を満たせば、使用等している商品・役務だけでなく、それ以外の(使用していない)商品・役務を含んでいる場合にも、早期審査の対象となり得ます。

 これまで早期審査を申請すると、将来使用する可能性のある商品まで広く保護することは難しかったのですが、この対象3が加わったことにより、将来使用したい商標を含む場合であっても、早期審査の適用を受けられるようになりました。

 なお、特許庁の図と私の説明にズレがあると感じた皆様、おそらく、それが「普通の日本語」の感覚としては正しいと思いますが、法律文章の解釈は「普通」と合わないことも多々あります。「生兵法は怪我の元」と昔から言いますので、重要な判断をされる際には、是非とも身近な専門家にご相談下さい。

 例えば、早期審査を希望される場合、対象1から対象3に当てはまらないと判断された場合であっても、ちょっとした工夫で、早期審査の対象に当てはめることができる場合も少なくありません。特に、今回は早期審査の対象が拡充されましたので、少しでも商標を使用等している場合には、早期審査の対象となる可能性が高いです。早期審査を希望される場合には、ご自身の判断で諦めてしまう前に、お気軽にご相談下さい。

 最後に、本記事は、知的財産権を扱われていない方が概要を容易に理解できることを目的としておりますので、厳密な意味で正確ではない表現を用いている場合や、例外ケースに関する説明を省略している場合、前提条件の説明を省略している場合等があります。このため、全体の傾向や概略を理解する目的で参考にしていただき、実際の事例について判断される場合には、必ず専門家にご相談下さい。
 また、文中のイラスト(3つ)については、「商標早期審査・審理の概要(特許庁,https://www.jpo.go.jp/torikumi/t_torikumi/souki/shkouhou.htm)」の一部を加工して作成したものであり、特許庁発表のルールに従って使用しております。

 本記事についての、ご意見・お問い合わせ等ございましたら、下記ご相談・お問い合わせフォーム又はお電話にて、担当江口までお気軽にご連絡下さい。


商標審査基準の改定

東海支部委員会スタート

 青葉が目に眩しいこの頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。今年のゴールデンウィークは、1週間以上休まれた方も多いかと思います。弊所では海外との連絡も多いため、毎年この時期になると、ゴールデンウィークの世界標準化を願うと共に、渋滞情報を見ながらドライバーの皆様の安全を祈念しております。

 若干スローペースではありますが、弁理士会東海支部での委員会活動が4月末よりスタートしました。弁理士会には、有志の弁理士による「委員会」という集まりがあり、各委員会に分かれて、法律の研究を行うことで会員の能力向上や法改正への提言を行ったり、知的財産制度の普及や企業支援を行ったりしております。こうすることで、弁理士会としても、社会貢献を目指しております。もっとも、近年は弁理士の会員数が増えているにもかかわらず、「有志」の数が増えないことが問題として出始めておりますが・・・。

 それはさておき、私は知的財産支援委員会に配属が決まりました。この委員会は、例年中小企業に対する支援事業を行っている委員会で、展示会等で無料相談会を行ったり、休日パテントセミナーと題してイベントを開催したりしております。今年どのような形で活動していくかはまだ固まっていない部分が多いですが、中小企業支援を軸に活動していきますので、委員会活動を通して有益な情報が得られた場合には、こちらでも紹介させて頂きます。

商標審査基準の改定

 さて、前回に引き続き商標の話題となってしまいますが、今回は4月1日より施行された商標審査基準[改訂第13版]を取り上げさせて頂きます。まず、「商標審査基準」とは、特許庁が商標登録出願の審査を行う際の基準を示したものです。商標権として登録される基準は商標法で定められていますが、特許庁が商標法をどのように解釈し、どのような基準で審査を行っていくかを具体的に示したものが、この商標審査基準です。この基準は「法律」ではなく、特許庁が発表している「基準」ですので、国会の承認を経ることなく、特許庁が適宜変更します。このため、法律と比較して時代の変化に柔軟に対応できるというメリットがありますが、毎年のように(複数回)変更されるため、いつの間にか変更されているという事態が起きないよう、十分注意が必要です。今回、この商標審査基準において、商標法第4条第1項各号に関連する部分が大きく改定されましたので、その一部をご紹介させて頂きます。

画一的から実情考慮に

 商標法第4条第1項では、商標が登録できない理由が列挙されており、第4条第1項のいずれかに該当する場合には、登録を受けることができません。そして、この商標法第4条1項11号では、「先に登録された他人の登録商標と同一又は類似する商標等が同一又は類似する商品等に登録されている場合」に登録を受けられない旨が規定されています。

 従来の商標審査基準では、審査官の審査負担軽減の目的もあり、各条項に該当するか否かの判断が画一的に判断される傾向がありました。このため、実情を考慮すると該当しないと考えられる場合には、(審査段階で認められない事を承知で)審査を受けた後、より上級審である審判段階に進むという迂遠な手続が必要であり、出願人にとって負担となる場合がありました。今回の商標審査基準の改定により、従来は審査段階では認められにくかった実情についても、審判段階に行くことなく認められる可能性が出てきたという点では、出願人側にとって好意的な変更であったと考えております。

 一方で、実情を考慮するということは、審査官の裁量の余地が増えることであり、審査官による基準のバラツキが発生する可能性が高くなります。このため、登録の予測可能性という観点から考えると、弁理士にとっては、少し厳しい改正でもあります。現段階では、具体的にどのような状況を実情として考慮し、どの程度の影響度で考慮するかについては明記されておりませんので、しばらくは審査の傾向を注視して、見極めていきたいと考えております。

「他人」の基準

 さて、先ほどの4条1項11号には「先に登録された他人の・・・」と規定されておりますが、この「他人」の基準について、触れさせて頂きます。従来の基準では「他人」とは「名称及び住所が同一でない人」という形で判断されており、親会社と子会社、グループ会社等関連企業であっても、住所が同一であっても、出願人名が1文字でも異なっていれば、他人として判断されました。しかし、今回の改定において、名称が同一か否かという形式的な基準だけでなく、株式等で支配関係にある場合等、実質的な会社の関係を考慮する旨が明記されることになりました。このため、例えば、グループ会社が似たような商標を使いたい場合には、従来は、最初に商標を取得した会社が商標権を取得した後に使用する会社に譲渡するという手続が必要でしたが、今後は、このような手続を行うことなく、商標権を取得できる可能性があります。

大衆薬と医療用医薬品は同じ?

 次に、4条1項11号に規定する「同一又は類似する商品等」の部分について触れさせて頂きます。具体的には、登録しようとする商標の商品と既に登録されている商標の商品とが似ているか否かを判断する場合に、従来は、「大衆薬」も「医療用医薬品」も同じ「薬」と判断されていたため、例えば、「大衆薬」を指定商品とした商標が先に登録されていた場合、同一の名称について「医療用医薬品」の登録を受けることは、(審査段階では)認められませんでした。しかし、この改正によって、「大衆薬」と「医療用医薬品」のように商品の流通経路が異なる場合や、商品が「女性向け」か「男性向け」かのように、需要者の性別が異なる場合等については、画一的に同一商品と判断することなく、取引実情が考慮される点が明記されました。今後は、需要者や商品の性質等を理由として商品が同一又は類似するか判断されることになり、既に似たような商標が登録されている場合であっても、登録される可能性が高くなります。

 ただし、このことは逆の立場でも同様に該当することになるため、自分が商標権を取得する際には、「将来的に、取引実情を考慮して他人に商標が登録されてしまうこと」を防ぐような形で出願する工夫が必要になってくるでしょう。この点についても、今後は十分に考慮して出願手続きを行う必要があります。

 今回紹介しきれなかった部分でも、実情を考慮する点が明記された点もありますので、似たような商標が登録されていることを理由に、過去に出願を断念した商標がありましたら、これを機に再検討してみると良いかもしれません。従前では登録の可能性の低かったものであっても、今回の商標審査基準の改定により、登録の可能性が高まっているかもしれません。

 最後に、本記事は、知的財産権を扱われていない方が概要を容易に理解できることを目的としておりますので、厳密な意味で正確ではない表現を用いている場合や、例外ケースに関する説明を省略している場合、前提条件の説明を省略している場合等があります。このため、全体の傾向や概略を理解する目的で参考にしていただき、実際の事例について判断される場合には、必ず専門家にご相談下さい。
 また、本記事についての、ご意見・お問い合わせ等ございましたら、下記ご相談・お問い合わせフォーム又はお電話にて、担当江口までお気軽にご連絡下さい。


STAP細胞の行方

 日中、汗ばむほどの時期となりましたが、いかがお過ごしでしょうか。弁理士業界では、5月21日に弁理士試験一次試験が実施され、受験生にとって一年で一番の山場を迎えております。自分の頃を思い返すと、一次試験の合格発表までの約一ヶ月間、一次試験の合否が分からない状態で二次試験の対策を行うというのが、精神的に非常に厳しかったと強く印象に残っております。最終合格発表までの約半年間は精神的にも体力的にも厳しい時期ではありますが、受験生の皆様には、最後まで悔いの残らないよう頑張って頂きたいです。

 さて、先回、先々回と商標権の制度に関する話題が続きましたので、今回は少し目線を代えて、一時期大きな話題となりました発明を例に、特許権の取得までの流れについて、簡単にお話させて頂きます。記憶の片隅に追いやられる頃に、発明者が手記を発表したり、ホームページを作成したり、雑誌に取材されたりと、話題にことかかないSTAP細胞の作成方法に関する発明です。大学時代に分子生物学を専攻していた私としては、技術的な面についても大きな関心があるのですが、今回は制度面にスポットを当て、技術的な面については、足を踏み入れないことにします。

 まず、特許権は国毎に成立するため、特許権を得るためには権利を取得したい国毎に特許出願を行う必要があります。本件の場合、まずは米国に特許出願され、その後、同じ内容で日本国(及びヨーロッパ各国を含む諸外国)に特許出願されています。また、米国出願の際には、東京女子医大、理研及びハーバード大付属病院の三者で出願されましたが、色々あって、現在では、ハーバード大付属病院のみが出願人の状態になっています。このように、特許出願は複数人の共同で出願することが可能で、出願後、他人に譲渡することも可能です。

 日本国では、特許出願を行ったのみでは審査は行われません。審査を受けるためには、出願後に出願審査請求手続を行い、審査費用を支払う必要があります。出願審査請求後に、審査官の審査が行われますが、本件の場合には、概ね10箇月で審査が行われ、拒絶理由通知が通知されています。この拒絶理由通知は、特許出願を審査した結果、現時点では登録を認めることができないと審査官が判断した場合に通知される通知で、審査官の判断に対して反論したり、出願の内容を一部補正したりすることでこの通知に対応することができます。「拒絶理由通知」という名称から驚かれる人も多いですが、特許出願を行った場合、ほとんどの出願で一度は通知されるものですし、審査官の認定に反論して、審査官が意見を変えることは少なくありませんので、その点はご安心下さい。

 特許を認められるか否かの審査については、特許要件(新規性や進歩性等)について、それぞれ審査されることになりますが、新規性や進歩性に関しては色々なところで取り上げられていると思いますので、今回は、実施可能要件について、本件を例に少しお話しを進めさせて頂きます。

 特許制度は、我が国の産業の発達を目的に制定されている法律です。つまり、国が特許権という強い権利を認めることで、発明者に新しい技術情報を開示してもらい、その情報を国の産業の発達に役立てることが特許法の趣旨です。このため、特許権を得るためには、出願書類を同業者が見たとき、発明を実施することができる程度に記載しなければならない旨が規定されています。このような規定があるため、我々弁理士は、(なるべく)分かり易く明細書を記載するように心がけております。

 このSTAP細胞の作成方法に関する特許出願でも、明細書には作成方法が書かれており、明細書の記載の作成方法は、Natureに投稿された論文と同一の作成方法です。言い換えると、専門家であるNatureの査読者がこの方法でSTAP細胞が作成できると認めたものが、明細書に記載されているということですので、この記載方法について、特許庁の審査官が「実施不可能」と判断することは難しかったでしょう。

 今回の場合、発明者等がこの方法では確認できないことを認めて論文が撤回され、世界中の科学者が再現実験を行いながらも成功しなかったことを理由に、審査官は実施不可能として拒絶理由を通知しております。本件の注目度が大きく、世界中の科学者が再現したり、検証したりした結果を発表しているため、審査官も「実施不可能」と認定しやすかったとは思いますが、審査官が自ら再現することはできませんので、このような事情がなければ、実施不可能という認定は難しかったと考えます。このように、拒絶理由を通知する際には、拒絶理由に該当する理由も合わせて通知されますので、拒絶理由通知を受けた際には、その理由が妥当であるか否かを検討した上で、対応を考えていくことになります。

 実は、現在アメリカでも同様に審査が行われておりますが、米国では発明者の一人が「私の見解は、STAP細胞の存在を否定するものではなく、再現実験に成功している」旨の宣誓陳述書をUSPTO(米国の特許庁)に提出しております。もし、同様の理由で日本の特許庁に対して反論がなされた場合、審査官がどのように判断するのか、興味深く見守っております。本発明について一番詳しいはずの発明者からの「実施可能」という主張を採用するのか、発明者が所属していた理研を含む、他の科学者が再現した結果の「実施不可能」という主張を採用するのか・・・審査官の判断を楽しみにしています。結論が出たら、またここで触れていきたいと考えております。

 余談ではありますが、実際には実施できないにもかかわらず実施可能として登録になってしまった場合、どんな問題が生じるかというと・・・実は、今回の場合には大きな問題にはなりません。というのも、発明を実施することができない以上、第三者が特許権を侵害する可能性もありませんから。そういう意味では、審査官も少しは気が楽かも知れませんね。

外国出願助成金について

 今回は、STAPに関する特許出願を例に、特許出願の制度面について簡単に触れさせて頂きました。もし愛知県内の企業で外国への特許出願(実用新案登録出願・商標登録出願・意匠登録出願)をお考えの中小企業の担当者の方は、あわせて「あいち産業振興機構」の出願助成金についても、ご検討下さい。外国へ出願する際に必要な費用について、半額以内で助成を受けることができます。

 この助成金は、申込期間が5月12日から6月15日までと短いため、利用を検討される場合には、お早めに検討下さい。弊所でも申請に必要な書類を発行させて頂くことは可能ですが、申請は手間がかかりますので、早め早めに準備されることをお勧めします。

 詳細は こちらをご参照下さい。


PPAPのその後

 いよいよ夏の到来を迎え、毎年のように「例年以上の暑さ」を更新しておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。あまり知られておりませんが、実は7月1日は日本弁理士会により、弁理士の日に指定されています。この日は、現在の弁理士法の前身にあたる特許代理業者登録規則が制定された日であり、日本各地でイベントが開催されました。東海地区では、日本弁理士会東海支部がイオンモール岡崎でイベントを開催させて頂きました。会場に足を運んで頂いた皆様、ありがとうございます。

膨大な数の商標登録出願

 さて、先回に引き続き、今回も話題のトピックスについて少し紹介させて頂きます。以前「PPAP」をエイベックスに先駆けて権利を押さえた人がいるという「事実に反する記事」が世間を騒がせましたが、最近、同じ人が「都民ファースト」を小池知事に先駆けて権利を押さえたという「事実に反する記事」で再び世間の話題を集めているようですので、特許庁側の対応も含め、少し事実関係をご紹介します。

 まず、商標権を得るためには、特許庁に適式な商標登録出願を行う必要があり、権利が認められるか否かは、先願主義が基本です。つまり、「最も早く特許庁に出願手続を行った人」に商標権の登録を認めることが原則であり、2番目以降に出願した人は、原則として、商標登録を受けることができません。ただし、これは「適式な出願」であることが前提であり、先の出願が通常先に登録にされるため、既に登録されている商標と同じ(又は類似する)商標は登録できませんよ、という趣旨です。

 この原則を利用(悪用)したのが、話題の「一部の出願人」で、誰かが使いそうな言葉について、2016年の1年間で25,000件以上もの数の商標登録出願を行いました。「PPAP」や「都民ファースト」が大きく取り上げられましたが、他にもTOYOTAさんの「MIRAI」やJRさんの「北陸新幹線」、「民進党」など、多数の商標登録出願を行っています。次に年間(2016年)の出願件数が多い者は、株式会社サンリオの約800件ですから、「一部の出願人」の出願件数がどれだけ突出しているか、ご理解頂けるでしょう。

特許庁からの「ご注意」

 これに対して、特許庁は、平成28年5月17日付けで「自らの商標を他人に商標登録出願されている皆様へ(ご注意)」を発表しました。ここでは、既に先に同じ商標で商標登録出願されていても、「不適法な出願」は却下処分される(登録されない)ため、2番目以降でも登録を受けられる可能性があります。だから、出願を控えないでくださいね、というものです。

 通常、出願件数が多いことは、それだけ制度が有効に利用されている証拠である事に加え、出願費用が収入源の一つである特許庁から見ると、歓迎すべき事であると考えます。しかしながら、特許庁がこのような注意情報を出したことには、理由があります。もちろん、理由の一つは公益的理由ではありますが、この一部の出願人の出願は、出願費用が払われていないということも大きな理由ではないかと考えます。つまり、却下するための労力(費用)がかかるにもかかわらず、出願費用は回収できませんので、この部分については、他の出願人から徴収した費用を充てざるを得ず、膨大な数であることを考えると、公平性を明らかに欠きます。更に、これを理由に、本来出願費用を払って出願してくれるはずの人が出願しなくなったら、特許庁としては対応せざるを得ないでしょう。

特許庁からの「お知らせ」

 このような通知が出た後も、「一部の出願人」の出願件数が減ることはなかったためか、特許庁は、先日(平成29年6月21日)再度「手続上の瑕疵のある出願の後願となる商標登録出願の審査について(お知らせ)」を発表しました。ここでは、審査の流れが紹介されていますが、最後に「その際、当該出願に係る商標が、・・・(中略)・・・商標登録を認めません。」と、明記されており、特許庁の決意表明のようにも見えます。

 この「お知らせ」では、先の注意情報とは異なり、「一部の出願人」の出願という特定の出願に対して対応を行うという、特許庁の運用を変えてまで対処したことを示すものです。また、このお知らせの中では、「仮に手続上の瑕疵がないことが確認された(出願手数料の支払いがあった)場合、特許庁は、商標法に基づき適切に審査することとなります」と記載されておりますが、私の個人的なルートからの情報によると審査官は「一部の出願人」の出願を登録するつもりはないようです(あくまで、ある審査官の意見であり、特許庁の公式見解ではありません)。

 実は、商標法には「伝家の宝刀」のような規定があります。商標法においては、商標登録を受けられない理由(拒絶理由)がそれぞれ列挙されており、商標登録出願がこの拒絶理由のいずれか1つに該当すると、登録を受けることができません。そして、拒絶理由の中には、通常あまり適用されないながらも、今回のように社会的に登録をすることが好ましくない場合に適用する規定として、「公序良俗を害するおそれがある商標は登録しない」というものがあります。「公序良俗に害するおそれ」をどのように認定するかが曖昧であるため、特許庁も通常はこの規定を持ち出すことはあまりないのですが・・・今回はこの「伝家の宝刀」を使ってでも、「一部の出願人」の出願について、登録を認めない方向で考えているようです。言い換えると、特許庁としては、「一部の出願人」の出願を認めないという決意の表れのようにも見えます。

 ということですので、「一部の出願人」は、膨大な数の商標登録出願を行っておりますが、現在登録されているケースは皆無であり、今後も登録される可能性は極めて低いと考えられます。このことから分かるように、「PPAP」や「都民ファースト」の商標権が他者に押さえられている事実はありませんし、PPAPはエイベックス社が、都民ファーストについては、「都民ファーストの会」で小池知事が、それぞれ既に商標登録出願を行っておりますので、このまま順調に登録になれば、今後も他者に押さえられることはないでしょう。

 特に、知的財産権の領域では、技術革新や社会情勢の変化に法律が追いついていない一面も否定できませんが、特許庁も我々弁理士も、社会の全体の不利益となるような行為については、可能な限り迅速に対処し、取引秩序の維持に努めておりますので、ご安心ください。

 最後に、この情報は現時点(2017年7月12日)での情報であり、特許庁の運用等が今後変わる可能性はあります。また、分かり易くするために、例外事項等一部省略して説明している部分もあります。このため、実際の事例について判断される場合には、お近くの専門家にご相談ください。